結婚相談業をはじめるまで

3人の子どもたちは、葛飾区の小学校を卒業したあと、

中等科~高等科までの6年間、「自由学園」で学びました。

長男と次男は「自由学園最高学部」まで進みましたが、

末の長女は、他の大学に進学しました。

現在、長男は社会人になってから2年目を迎え、次男は最高学部3年生、長女は大学2年生です。

2013年2月に15年間営業した「トライアール」が閉店し、

主人は同年7月に「トライアール」の軒先を借りて、

天然酵母パンとフランス惣菜の小売店を開業し、自営業者になりました。

私は、この15年、お弁当やさん、スーパーの総菜売場のマネジャー、

カード会社のカスタマーセンターに勤務しながら、

主婦と子どもたちの父母会活動を両立させてきました。

子どもたちに手がかからなくなったころ、

今後、元気に生きられる20年の生き方を真剣に考えました。

主人はこれまで会社員として生きてきましたが、

自営業者になり、

その事実から、会社にしがみつかなくても生きていけることに気づきました。

私は、

残りの人生を、結婚相談業で人の役にたって喜ばれたいと決心しました。

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浅草の待乳山聖天で結婚式

待乳山聖天さまで、何年かぶりの結婚式が執り行われるとのことを知り、

昨日、実際の結婚式を、じゃまにならない程度に見学してきました(=⌒▽⌒=)

朝、雨が降りましたが、午後にはあがり、

曇天の空の下くもり

お堂の内陣にて、新郎新婦に、ご住職とご家族が立ち会うかたちで、

結婚をご先祖さま、聖天様に報告する儀式が厳かにすすみました。

待乳山聖天さまは、浅草の人力車の観光コースに組み込まれているため、

人力車の女性俥夫(女性の俥夫はめずらしいです!)が観光客を一組案内していました。

そのほか、参拝客は比較的少なかったため、

静かな環境の中で、伝統的な結婚式を落ち着いてあげておられました。

仏前結婚式をあげる方は少ないようですが、

ご先祖さまを敬う家庭に育った日本人なら、

違和感はないように思いましたキラキラ

 

 

 

婚活コンシェルジュ http://www.konkatu-concierge.com

お寺で結婚式

 

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自主的に毎月3回、

お参りを続けている「待父山聖天」で、
結婚式の予告を見ました!
あまりに珍しいので、社務所で聞いたら、
仏前結婚式は信徒でなくても申し込めるとのこと。
結婚式は内陣(本堂。聖天さまの御前)で行われ、
外陣(本堂内)で見学もできるとのこと。
どんな結婚式なのか、
見学に来たいと思いますドキドキ
?婚活コンシェルジュ?http://www.konkatu-concierge.com

 

水元公園のそばに住み、子育て!

葛飾区に転居したのは、

長男が保育園年長さん、次男は2才、長女は1才のときでした。

それから、私設保育園に子ども3人を預けて、

ひと月10万円の保育料を支払い、

ファミレスで、月に8万円ほどのお給料にしかならないパートの仕事を始めました。

ひと月10万円の保育料を支払っている事実を手紙に書いて、

福祉事務所に訴えに行ったことが、

公立保育園入園のための要件のランクを上げたのか、

2か月ほどで、3人一緒におなじ公立保育園に入園できました。

保育料も月に2万5千円ほどになり、一安心!

葛飾区での住まいは、広大な水元公園のすぐそば。

のびのびとした、すばらしい環境の中で、

3人の子どもたちは小学校卒業まで過ごしました。

つづく。

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「ルシャンドピエール」から「トライア-ル」へ

2人の子どもを保育園、

3番目の乳飲み子の娘は近所の保育ママさんに預け、

当時住んでいた川崎から、池尻大橋の「ルシャンドピエール」まで、

毎日クルマで往復しました。

主人は朝から深夜まで週6日出勤なので、

毎日がてんてこ舞いの忙しさ!!

若かったからできたと思いきや、

私自身、偏頭痛の持病があり、

しょっちゅう倒れては、

鎌倉に住んでいた母が仕事を休んで駆け付けてくれる、

という状況でした。

「ルシャンドピエール」は創業10年目にして閉店。

主人は、ある料理研究家の方の紹介で、

墨田区の「トライアール」のシェフ就任が決まり、

私たちは一家で葛飾区へ引っ越しをすることになります。

つづく。

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「ラ クロシュ」出版会社倒産~以降

「ラクロシュ」を出版していた会社が倒産したとき、

長男が誕生していました。

長男を保育園に預けて働きたかったので、

派遣に登録し、ゴルフ場の予約をしている小さな会社で事務仕事をはじめ、

契約が切れる時に、その会社に出入りしていた保険外交員さんの紹介で、

保険外交員になりました。

その後、次男を主産した後、

主人の頼みで「ルシャンドピエール」に復帰。

翌年、長女を出産。

幼子3人を保育園に預け、時折、私の母の助けを仰ぎながら、

働きつづけました。

つづく。

「ラクロシュ」

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私とフランスと・・・バブル崩壊

「ルシャンドピエール」を結婚退職してから、

魚卸業者の方の紹介で、

「ラクロシュ」というフランス料理専門誌の編集の仕事に就きました。

当時は景気がよく、

高級フランス料理店やビストロ、パティスリー(ケーキ屋さん)のオープンが相次ぎ、

オープニングレセプション、ホテルでのワインの試飲会など、

取材の材料に事欠くことがない時代でしたが、

バブル景気は崩壊に向かい、

「ラクロシュ」を出版していた会社の業績も怪しくなり、

社長が夜逃げし、会社もなくなりました。

つづく。

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わたしとフランスと・・

わたしはふくしま県の田舎町で、

3人姉弟の長女として生まれました。

高校卒業後、「鉄道弘済会」就職のために上京し、会社の寮で生活しました。

シフト制で自由時間が多かった仕事なので、なにか勉強しようと思い、

ひょんなきっかけで「サンフロンティエール」というフランス語教室に入会しました。

当時、社内預金は年利10%!

知らぬ間に預金残高が増えていきました。

「鉄道弘済会」は3年で退職し、その資金をもって、半年間フランス語学留学しました。

帰国後、「サンフロンティエール」のダニエル先生の紹介で、

新規オープンのフレンチレストラン「ルシャンドピエール」に就職、

のちに、わたしはシェフだった柴谷と同棲→結婚します。

ダニエル先生は、当時の日本人のご主人とともに、

わたしたちの仲人を務めてくれました。

先生は、離婚後フランスに帰国してから音信不通です。

消息がわかれば、ぜひ再会したいと思っています。

つづく。

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仮吉方で運気アップ!

実は、2月~4月末まで、仮吉方という運気アップのための、

引越しを実行していました!

村山幸徳氏著「展望と開運」を読んだことがきっかけです。

仲人士として人を幸せにする力が湧いてきて、

人生がますます楽しみになってきましたヾ(@^▽^@)ノ

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